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予定帝王切開のため後3日で3児の母となる夜。ふと父のことを思い出した。

* * *

7年前の第一子妊娠中、お腹の子が男の子だと判明した日、父は飛び上がるほど喜んでいた。

3歳で両親を交通事故で亡くし、親の愛情を知らずに育ってきたからこそ、人一倍家族を大切にしてくれる父だった。病気で視力を失ってはいたが、私の結婚式に出るのを何よりも楽しみにしていた。数ヶ月前からスピーチの原稿をパソコンで何度も書き直しては口に出して暗記していたのをよく覚えている。

私は一人っ子なので、跡継ぎや名前を残すことは諦めていたと思う。けれど「この人と結婚したい」と連れてきた相手が四人兄弟の次男だと知った時、目の奥に希望が宿ったのを見逃さなかった。

「いや、もちろん無理にとは言わないけれど、そうなってくれたら嬉しいと思って、、」

その後、彼が婿養子に入り、名字が残ることに決まった時は感無量だったと思う。すぐに百貨店でフルネームの印鑑を3本も作ってプレゼントしていた。

ほどなくして妊娠が発覚。この時すでに病状は進んでいたので、少しでも早く結婚式をして、孫を抱っこしたいと望んでいた。けれども結果的に結婚式の2週間前に意識不明となり、その約一週間後、私の25歳の誕生日に病院にお見舞いに行ったのが最期になった。

式にも出れず、孫にも会えなかったこと。とてもとても悲しかったけれど、きっとお腹にいる赤ちゃんは天国の父に先に出会って仲良く遊んでるんだと思って穏やかに過ごした。そして予定日を大幅に超過した7月6日の23時59分、ギリギリで父の月命日である6日を選んで生まれてきてくれた息子を見て心底感動した。大好きな上司に報告すると「お父様の命をもらって生まれてきた息子さんを、どうか大切に育てて下さい」とメッセージをいただき、涙が止まらなかった。

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あれから7年。「一人っ子の私が」と自分でも信じられないけれど、3人の子供に恵まれた。


「人として生まれて一番大切なのは、命を繋ぐことだ」



と何度も言い聞かされて育ったけれど、ひとまずその役割は果たせたかなあ。いま父は天国からどんな思いで見ているんだろうか。笑ってくれてるといいな。